歴史と由来

紫河車(しかしゃ)── 中国最古の薬学書『神農本草経』(後漢)には記載がないが、明代の李時珍『本草綱目』(1596年)で初めて正式な生薬として分類された。「母の血気をもって生じ、故に河車と名づく」と記されている。

古代ギリシャでは「医学の父」ヒポクラテスがプラセンタの研究を行ったとされ、エジプトのクレオパトラやフランスのマリー・アントワネットが美容目的で使用したという伝承が残る(ただし確実な文献的裏付けは乏しい)。

近代プラセンタ医療の出発点は1933年。旧ソ連の眼科医V.P.フィラトフが冷蔵保存した胎盤組織を角膜移植に応用し、「組織療法」の概念を提唱した。低温ストレス下で組織が産生する生理活性物質を「生体刺激因子(biogenic stimulators)」と名付け、これが後のプラセンタ医療研究の起点となる。

日本への導入は1950年代。旧厚生省が肝機能障害の治療薬としてヒトプラセンタエキスを承認(ラエンネック®, 1956年)。当時の承認経緯には戦後の肝炎患者急増という社会背景があった。翌1959年にはメルスモン®が更年期障害治療薬として承認される。

美容分野への応用は1980年代以降に本格化。日本では豚由来プラセンタを中心に、ドリンク、サプリメント、化粧品原料として普及。スノーデン株式会社をはじめ、医薬品GMP準拠の品質管理のもとプラセンタエキスを製造する企業が限られた数だけ存在する。

科学的背景

プラセンタエキスには以下の成分群が含まれる:

・アミノ酸18種(必須アミノ酸を含む)
・成長因子:EGF(上皮細胞成長因子)、FGF(線維芽細胞成長因子)、HGF(肝細胞成長因子)、NGF(神経成長因子)など10種以上
・核酸関連物質
・ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンE
・ミネラル(亜鉛、鉄、カルシウム等)

成長因子の作用メカニズムとして、EGFは表皮のターンオーバー促進、FGFは真皮のコラーゲン産生に関与するとされる。培養細胞レベルでの研究(in vitro)ではこれらの効果が確認されているが、経口摂取や経皮吸収での効果については議論が続いている。

抽出法も品質を左右する重要な要素。主な方法として酵素分解法、凍結融解法、加水分解法がある。酵素分解法は56℃以下の低温で12時間以上かけて処理し、成長因子の活性を維持しやすいとされる。

知られざるトリビア

・旧ソ連では「宇宙飛行士の疲労回復」にプラセンタ注射が使われたとする説がある。冷戦期の研究は機密扱いが多く、全貌は未だ不明。

・日本では2006年以降、プラセンタ注射経験者の献血が制限されている。変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)のリスクが理論的に排除できないためで、実際の感染報告はゼロ。

・馬プラセンタはアミノ酸含有量が豚の約1.2倍だが、供給量は豚の1/50以下。サラブレッド由来が最高級とされるのは血統管理の厳密さと飼育環境の質による。

・韓国ではプラセンタ注射の美容利用が日本以上に普及しており、「胎盤注射(태반주사)」として広く認知されている。

限界と論争

プラセンタの経口摂取については、胃酸と消化酵素で有効成分が分解されるという根本的な指摘がある。一方、低分子ペプチドの形で腸管から吸収される可能性を示唆する研究(Yoshikawa et al., 2013)もあり、メカニズムの全容は解明されていない。

化粧品として皮膚に塗布する場合、成長因子が角質層を透過して真皮に到達するかについても議論がある。分子量の大きいタンパク質は一般に角質層を通過しにくい。

また、プラセンタの「効果」に関する研究の多くは製造企業やその関連機関によるものであり、独立した大規模ランダム化比較試験(RCT)は少ない。この点は今後の課題とされている。

参考文献

・李時珍『本草綱目』巻五十二・人部「紫河車」(1596年)
・Filatov VP. Tissue therapy. Ophthalmology. 1933.
・Park SB, et al. "Placenta extract promotes wound healing." J Cosmet Dermatol. 2010;9(1):59-65.
・Yoshikawa C, et al. "Effects of porcine placental extract on collagen production." Biosci Biotechnol Biochem. 2013.
・厚生労働省「生物由来製品等の安全対策について」(2006年)